大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和53年(ワ)9118号 判決

第一事件原告

小島ん

第一事件原告

小島利文

右法定代理人親権者

小島武子

第二事件原告

小島武子

原告ら訴訟代理人

福島等

田中富雄

荒井新二

第一事件被告

朝日生命保険相互会社

右代表者

高島隆平

右訴訟代理人

近藤英夫

第二事件被告

安田生命保険相互会社

右代表者

水野衛夫

右訴訟代理人

小林資明

主文

1  原告〓んおよび同利文の被告朝日生命に対する第一事件請求、原告武子の被告安田生命に対する第二事件請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、第一事件当事者間では原告〓んおよび同利文の、第二事件当事者間では原告武子の各負担とする。

事実《省略》

理由

第一争いのない事実

訴外榮一と被告朝日生命および同安田生命との間で、原告ら主張の各生命保険契約が締結されたこと・当該生命保険契約に、それぞれ本件特約が付されていたこと・その被保険者である訴外榮一が、昭和五二年八月二三日、死亡したこと・以上の事実はいずれも各当事者間に争いがない。

第二本件特約の適否

一訴外榮一の前示死亡が、日本ランド遊園地において、本件遊戯施設への塔乗を終えて(その回転が止んで)間も無くであつたことは、被告安田生命に対する関係では、当事者間に争いがなく、被告朝日生命に対する関係では、〈証拠〉によつて、これを認めることができる。

二原告らは、訴外榮一が本件遊戯施設に塔乗し、その急激な回転運動を強制されたことは本件特約に云う「不慮の事故」であり、訴外榮一の死亡が右の事故を原因とすることは、その死亡経緯からして、明白である、と主張するが、本件遊戯施設への塔乗を「不慮の事故」と云うべきか否かについて言及するまでもなく、本件全証拠によるも、以下に説示のとおり、そもそも、本件遊戯施設への塔乗によつて身体へ加えられる影響力が原因となり、その通常の結果として、訴外榮一が死亡したと、換言すれば、右の身体への影響力と訴外榮一の死亡との間に因果関係があると判断することはできないのである。

1  本件遊戯施設の構造・作用が原告ら主張(請求原因4の(一)参照)のとおりであることは、〈証拠〉によつて、これを認めることができる。さらに、右各証拠によれば、本件遊戯施設は、その回転する円盤部分の半径が約六メートルで、その周縁に二〇台の客席(一台の塔乗人員は大人二名相当)がいわば列車状に設置されていて、結局、四〇名前後の人間を塔乗させ、一分間に六回転から一五回転(但し、日本ランド遊園地では一三回転が最大)の速度で回転運動する遊戯施設である、とも認められる。以上の構造・作用ならびに作動態様からすると、本件遊戯施設を回転させるのに強大な力が必要であることは当然として、これに塔乗した乗客が回転運動を身体に受ける、その影響力もかなりであろうと推認するに難くはない。また、本来、それが本件遊戯施設に興ずる所以でもあろう。

2  しかしながら、その半面において、本件遊戯施設その他の遊戯施設については、法令上、その安全上必要な基準が規定されているのであるから、抽象的に云つて、本件遊戯施設が(機械等の故障等により)本来の作動をしなかつた場合でない限り(ちなみに、本件遊戯施設が本件時、法令上の安全基準に違反しておらず、且つ、故障等もなく、本来の作動をしていたことは、〈証拠〉に徴し、明らかである)、当該遊戯施設の回転運動に、乗客の生命を奪う原因たり得るほど、身体への影響力があるとは解されない。そればかりか、〈証拠〉によると、日本ランド遊園地の本件遊戯施設あるいは後楽園遊園地に設置されている「ヒマラヤライド」において、塔乗した乗客が死亡した事案は訴外榮一の本件事案が唯一である、と窺知されもする。してみると、右に示した身体への影響力は、具体的にみても、乗客の生命を奪う原因たり得るほどのものではない、と云うことができる。

原告らは、右の点につき、本件遊戯施設および他の同一施設での乗客死亡が本件の一例であると云うのは、それが客観的資料で裏付けられるか疑わしい、と主張する。が、その主張自体に何らの立証もなく、他に、前掲証拠を排斥させ、且つ、本件遊戯施設への塔乗によつて身体に加えられる影響力が人の死亡の原因となると認めるべき証拠は存しない。また、本件遊戯施設の周りに立て掛けられている看板の表記の「書き加え」をも問題にする(請求原因4の(六)参照)が、前示身体への影響力が乗客を死に致らしめる原因たり得るか否かは、通常人に対するそれを想定して検討すべきであるから、本件では、右の指摘を考慮に入れる余地はない。

したがつて、訴外榮一が本件遊戯施設への塔乗を終えて間も無く死亡したからとは云え、当該遊戯施設への塔乗によつて身体に受ける影響力が既に説示したとおりである以上、同人の死亡につき、一般に、右の影響力が原因となつたと考えるには無理がある。

3  これに対して、訴外榮一が何故に死亡したかを、その死因面から考察してみると、本件にあつては、訴外榮一の解剖が試みられなかつた(これは弁論の全趣旨から明らかである)ので、その死因を直接、且つ、的確に解明する証拠資料はない。〈証拠〉によつて明らかなように、訴外榮一の死因については、医師橋本明政および同半田昇が、それぞれ、これを鑑定(以下「橋本鑑定」および「半田鑑定」と示す)しているが、右甲第七号証(橋本鑑定)および乙第二号証(半田鑑定)は、その各記載内容からみて、いずれも訴外榮一の死因の可能性を示唆する医学的推論としては検討に値する(この点は、後に説示するとおり)と云えても、その死因を確定するに足るだけの信用性には欠ける。

そこで、両鑑定にみられる医学的推論をもとに、訴外榮一の死因について、いわば仮定的考察を進めると、先ず、橋本鑑定によれば、その死因として最も考えられるのは、心筋梗塞あるいは大動脈瘤破裂、または、副交感神経系刺激による心室細動ないしは心停止発作である、と云うのである。しかし、本件遊戯施設への塔乗によつて身体に受ける影響力は前示のとおりであつて、右影響力が、医学上、必然的に、本件遊戯施設へ塔乗した乗客に心筋梗塞症を惹き起し、あるいは、大動脈に異変を発現させ、または、心臓の機能障碍を招来するほどに副交感神経系統を刺激すると認めるべき証拠は何ら存しない。すると、橋本鑑定は、訴外榮一に心臓疾患あるいは大動脈瘤が既にあつたがため、または、副交感神経系統が、通常人に比べ、機能障碍等を生じやすいものであつたがため、要するに、同人に何らかの身体疾患があつたために死亡するに至つたと推認させるものとして意義があり、且つ、その推認が許容される限りにおいて信用性(訴外榮一の死因の一の可能性を示唆するものとしての信用性)をもつ(訴外榮一に右の身体疾患がないならば、橋本鑑定自体の信用性もない)ものと云わなければならない。次に、半田鑑定によれば、訴外榮一の死因は気管支喘息に基因する急性呼吸不全もしくは急性心不全である、と云うのである。訴外榮一が気管支喘息に罹患していたことは原告らの自認するところでもあり、〈証拠〉によると、訴外榮一は、本件遊戯施設へ塔乗中、「きつい。」と叫び、塔乗を終えた直後に、携帯していた噴霧剤を取り出したことも認められる(なお、右証人小島賢次郎の供述中には、「きつい。」との発言は塔乗席が狭いので窮屈であるとの意味である、との供述部分が存するが、およそ同供述部分を措信することはできない)のであるから、訴外榮一の死因を気管支喘息に基因するとみる半田鑑定は、その死亡に至る過程までもが同鑑定のとおりであるか否かは兎も角として、訴外榮一の死亡と気管支喘息とを結びつけ得る可能性を示唆するものとして、一面の信用性を具えるものと云うべきである。ことに、訴外榮一の前示態度は、本件遊戯施設へ塔乗中に同人が呼吸困難状態に陥つたのではないか、と推認させるから、その呼吸困難へ陥る原因に気管支喘息を患つていたことが作用したとみるのは、かえつて自然であるとも云える。

結局のところ、訴外榮一の死因を確定できない本件ではあるが、橋本・半田両鑑定のいずれにあつても、その死因の可能性として、前示のとおり、訴外榮一の何らかの身体疾患を除いてこれが考えられていないことは留意しなければならない。

4  以上、本件遊戯施設への塔乗によつて身体に受ける影響力が乗客を死に致すだけの原因たり得るか疑問であるだけでなく、訴外榮一の死因も(明らかでないとは云え)少なくとも同人の身体疾患(それが、本人の当然自覚していた気管支喘息と云う疾患であれ、また、前示の心臓・血管・副交感神経系統の疾患であれ)を無視できないことからすれば、本件遊戯施設への塔乗と訴外榮一の死亡とを(同人の身体疾患を離れて)結びつけ、即ち、本件遊戯施設への塔乗が原因となつて、その通常の結果として、訴外榮一が死亡するに至つたと理解することは困難である。

5  原告らは、先に触れたように、本件遊戯施設への塔乗が原因となつて訴外榮一が死亡したことは明白である、と主張するところ、訴外榮一の死因が前示した何らかの身体疾患によるものであることを前提にする限り、訴外榮一は、本件遊戯施設へ塔乗さえしていなかつたならば、本件での死亡には至つてはいなかつたであろうと云う意味での条件関係は、一応、これを肯認することができる(これに反して、訴外榮一の死因につき前示した何らかの身体疾患によるものであるとの前提をも否定すれば、本件遊戯施設への塔乗によつて身体に受ける影響力が通常人を死に致らしめる原因たり得ないことと相俟つて、右の条件関係さえ認め難いことになる)と云えるが、それのみでは単なる現象的理解にすぎず、訴外榮一に特有な事情(即ち、前示した何らかの身体疾患)を捨象してもなお本件死亡に至つていたと云う意味での相当関係(本件遊戯施設への塔乗が原因となつて、その通常の結果として、訴外榮一が死亡したとの関係)が肯認できないことは既に説示したとおりであるから、両者(本件遊戯施設への塔乗と訴外榮一の死亡と)の間に因果関係はない、と云わざるを得ない。

ちなみに、本件特約の適否を検討するにあたり、「事故」と「死亡」との間に条件関係があるだけでは足りず、相当関係があることを要するのは、むしろ自明のことでもあるが、いずれも成立に争いのない乙第一号証および丙第一号証に、本件特約に基づく災害保険金が支払われるのは、被保険者が不慮の事故を「直接」の原因として死亡した場合(但し、疾病または体質的な要因を有する者が、「軽微な外因」により発症し、または、その症状が増悪して死亡したときは、その「軽微な外因」は、不慮の事故に含まれない)である、との趣旨の記載があるのも、要するに、右の相当関係を意味するものであつて、死亡に対して条件関係を有するに過ぎない事由をそれ故に「事故」ではないと概念づけるかは格別、当該事由(本件では本件遊戯施設への塔乗)と結果(訴外榮一の死亡)との間に相当関係が認められない限り、その死亡に関して、本件特約を適用することができないことは保険約款上でも、明らかである。

そして、本件では、前示判断を覆えし、本件遊戯施設への塔乗が原因となり(その塔乗によつて身体に受ける影響力が乗客の死亡の原因たり得るものであり)、且つ、その通常の結果として、訴外榮一が死亡した(その死因は右の影響力を原因とする)と認定するに足る証拠は全く存しない。

三そうすると、本件遊戯施設への塔乗と訴外榮一の死亡との間に困果関係があるとの立証がない本件において、原告らが被告らに対して、それぞれ、本件特約に基づく災害保険金の支払を求める請求は、爾余の点につき判断を加えるまでもなく、いずれも理由のないことが明らかである。

第三むすび

よつて、原告〓んおよび同利文の被告朝日生命に対する第一事件請求、原告武子の被告安田生命に対する第二事件請求を全て棄却することとし、第一、第二事件の訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(滝澤孝臣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例